Thursday, October 28, 2021

  *ブログ9のトピック:今までに日本が外国から輸入したものを一つ選んで調べて、どのような歴史があるのか紹介してください。(例:紅茶、バナナ、キリスト教、ハンバーガーなど、何でもいいです。)


 私は、スパゲティの日本での歴史について書きたいと思います。今では、大都市には本格的なイタリア料理の店もたくさんありますが、私が子供のころは、パスタという言葉は知られていなくて、スパゲティやマカロニがよく家庭で食べられているパスタでした。
 日本へ最初にパスタが持ち込まれたのは、江戸時代の終わりの横浜に作られた外国人居留地だったそうです。その頃、スパゲティを初めて見た人々は、「うどんのようだ」と思ったらしいです。昭和の初め頃から、一部のレストランなどでパスタの料理が食べられるようになったそうですが、パスタが一般化したのは、1950年代以降のことだそうです。
 特に、1970年代ごろからスパゲッティ・ナポリタンという料理が流行して、ファミリーレストランや、家庭でも作られるようになりました。これは、ゆでたスパゲティーをたまねぎ、ピーマン、マッシュルームなどの野菜と、切ったソーセージと一緒にトマトケチャップで炒める料理です。

https://allabout.co.jp/gm/gc/186773/
このスパゲティ・ナポリタンという料理は、実は日本人が作り出した料理で、本当のイタリア料理ではないのです。ナポリはイタリアの町ですが、そこでは、トマトを使った料理が多いそうです。そして、ナポリタンという言葉は、フランス語で、ナポリ風のトマトを使った料理という意味です。この料理を考案した横浜にある、ホテル・ニューグランドのシェフが、フランス料理の専門だったので、この名前が付けられたと言われています。私が子供のころ、よく給食にも出たし、母もよく家で作ってくれました。他に、スパゲティ・ミートソースと、マカロニサラダが、日本人の家庭でよく食べられている料理だと思います。
 1980年代には本格的なイタリアンレストランが開業され、1990年代には「イタめし」という言葉もできるほどのイタリア料理ブームが起きました。今では、梅しそやたらこ、納豆や海苔など、日本独自の味付けによる和風のスパゲッティ料理も数多く食べられていて、日本人の食卓に欠かせない食べ物になっています。

Monday, October 25, 2021

 ブログ8:ミニ発表11の下書き自分の国について、次のトピックAかBのどちらか一つを選んで、絵や写真などを使って分かりやすく5分程度で話してください。教科書のp. 256の発表の仕方も参考さんこうにしてください。


A: 歴史上の人物: 
·  いつ、どこで、何をした人か。その人の人生じんせいを時間に沿そって(chronologically)説明する。
·  その人のしたことは、歴史的にどんな意味があるのか。

B: 食べ物など
· どのように始まって、どのように変化してきたのか
· その食べ物は自分の国の人々にとってどのような食べ物なのか

 私は餅の歴史について調べてみました。日本の文化では、餅は、お正月などの大切な日に食べられる食べ物の一つです。日本ではもち米を用いて作る餅が一般的です。作り方は、まずもち米をといでから十分に水に浸しておいた後に、水気を切り、蒸します。次に、蒸したもち米を杵と臼で米粒の形がなくなるまでついて、いろいろな形にしたら出来上がりです。   
    

最後に、それらに砂糖、しょうゆ、のりなどで味付けしたり、スープなどの料理に入れて食べます。 
     
                                                     

平安時代になると、餅は神聖で縁起のよい食べ物という意味が強くなって、季節・行事ごとに食べられるようになりました。そのころから、鏡餅が作られるようになったそうです。
 
  
1193年に書かれた『吾妻鑑』という本には、黒・赤・白の三色の餅と書かれていて、そのころから、白以外の色餅が作れれていたことがわかるそうです。また、東日本では主に四角い形の餅が、西日本では丸い形の餅が食べられているそうで、場所によって餅の形に違いがあるようです。
    
    http://www.kagamimochi.jp/saguru/page4-2.html 

Tuesday, October 19, 2021

 ブログ7:トピック「私が好きな歴史上の人物」

(日本人でも他の国の人でもいい)いつ、どこで、何をしましたか。どうしてその人が好きですか。

 私が好きな歴史上の人物の一人に、杉原 千畝(すぎはら ちうね 1900 - 1986年)という人がいます。杉原は、日本の外務省に勤める、外交官だった人です。彼は、第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館というところで働いていました。その時、ナチス・ドイツの迫害のせいで、ポーランドなどのヨーロッパの各地から逃げて来た難民たちがたくさんいました。そのころ、日本はナチス・ドイツと同盟を結んでいたので、日本の政府/外務省は、そのような難民達を日本に入れてはいけないと命令していたそうです。
 しかし、杉浦は、そのような難民の人達の状況を知って、とてもかわいそうだと思っていたそうです。それで、1940年7月から8月にかけて、日本の外務省からの命令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、約6,000人もの避難民が日本に行けるようにしてあげて、助けてあげたのです。その避難民の多くが、ユダヤ人系の人達だったので、「東洋のシンドラー」などと呼ばれることがあるそうです。(「シンドラー」は、オスカー・シンドラー(Oskar Schindler)のこと)

                                          

その当時、日本政府の命令に従わないと仕事を辞めさせられたかもしれないのに、危険を冒してまで難民の人を助けてあげた杉浦は、立派な人だと思います。

 ブログ6のポスト:

今まで使ってみて便利だと思ったものについて、紹介して下さい。(例:自動販売機、スマホのアプリ、台所で使うものなど)

私が最近買ったもので便利だと思ったものは、この透明のポーチです。授業の時に、ノートパソコンを教室のプロジェクターや音声ジャックにつなぐためにいくつかのアダプターを使うので、それを入れるために使っています。どうして便利かというと、見た目の通り、透明なので、中にある物がすぐ見えるからです。欲しいものをすぐに探すことができ、時間を短縮できます。また、底が太くて上の方が細くなっているので、安定して立てた状態で置いておくことができます。横に倒れやすいと、中の物が外に出て床に落ちてしまったりすることがありますが、このポーチだとそういう心配がありません。最後に、やや硬い素材で出来ているので、形が崩れにくく、中に入っているアダプターなどが壊れないように守ってくれます。このポーチを買って正解だったと思いました。


         

Friday, September 24, 2021

 ブログ5のTopic:「ミニ発表10の下書き(draft)」


コンビニやスーパー、または他の何か(例:コンピュータ、携帯電話 など)が発達したことで、どんないいこと、悪いことがあると思いますか。

 私は皆さんに比べると、もう何億年も生きているので、私が子供の頃や若い頃にはなかった物や、想像もできなかった物が今現在使われています。ほとんどの物は、私達の生活を便利にして、私達の時間を増やしてくれていると思います。皆さんが生まれる前はどのぐらい不便だったか、ちょっと書いてみたいと思います。
 今は、家事をするためのいろいろな器具がありますね。でも、私が子供の頃は、炊飯器はありましたが、保温の機能がなかったので、ごはんが炊きあがったら、すぐ食べないと、冷たくなってしまいました。
       
古いタイプの炊飯器



最近の炊飯器


でも、今は、保温を始め、いろいろな機能がついている便利な炊飯器がどんどん開発されています。洋服を乾かす乾燥機も、アメリカではどの家にもあるものですが、私が大学生の時でも、日本にはほとんどありませんでした。洗濯をしたら、外に一つ一つ干さなければなりませんでした。結構時間がかかりました。日本は雨が多いので、雨の日は、家の中に干さなければならず、乾くのにだいぶ時間がかかって不便でした。
        
            

 音楽を楽しむための器具もどんどん開発されて変化していますね。私が子
供のころは、音楽を聞くのはレコードでした。レコードプレーヤの針はとても壊れやすく、レコードも落としてしまったらすぐに割れてしまう物でした。

        

録音するためには、リール(reel)を使った録音機を使いました。

       

その次に出てきたのがカセットテープを使ったカセットプレーヤです。録音も再生もできました。レコードよりずっと小さくて壊れにくいので便利でしたが、何回も再生すると、テープが伸びてしまったりしました。

  

やがて、レコードの代わりにCDが使われるようになりました。それは皆さんも知っていますね。
 今は携帯電話などにたくさんの音楽が入れられるのでとても便利ですね。でも、私のように、不便だった時代を知っている人間には、技術の発展が時々こわくなることがあります。もし、ある日、石油などの燃料がなくなって、電気が全然使えなくなったりしたら、私たちは生きていけるのだろうかと。

Tuesday, September 14, 2021

 ブログ4:あなたがよく行く店(スーパー、コンビニなど)について教えてください。


 私が毎週食料品を買う店は、東京セントラルという日系のスーパーです。以前はマルカイという名前でしたが、最近オーナーが変わって、この名前になりました。東京セントラルではせんべいからさしみまで、様々な日本の食料品や雑貨を買うことができます。日本から取り寄せているのでもちろん日本で買うよりは高いですが、とても便利です。近くにミツワマーケットなどもありますが、東京セントラルの方がミツワより安いので、私は東京セントラルの方によく行きます。
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 でも、最近、野菜を買うために、中国系のスーパー、「99 Ranch Market」にも行くようになりました。というのは、そのスーパーの野菜の方が東京セントラルより新鮮だし、もっと多くの種類の中国人が食べる野菜を売っているからなんです。値段も東京セントラルよりずっと安いようです。99 Ranch Marketでは、新鮮な魚やカニなども売っています。中国の人たちの食文化は、とても豊かだなあと思います。

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 大学生の時、ミシガン州に住んでいたことがありますが、そこには日系のスーパーといったものは全然なくて、大変不便に感じていました。それに比べると、ロサンゼルスは日本人にとってとても住みやすい場所ですね。

 ブログ3: みなさんの大学生活について書いて下さい。


 私は、私の大学時代のことについて書いてみます。私も何百年も前には大学生だったんですよ。私は沖縄の琉球大学という大学に行きました。その時の私の専攻は英語学&英文学で、よく勉強したと思います。
 クラブ活動は、英語クラブという、英語の勉強をするクラブに入っていました。一週間に二回、2時間ぐらいみなで集まって、英会話の練習をしました。それ以外に、ときどきクラブに遊びに行ったり、山や海にキャンプをしに行ったりしました。みないい人達ばかりで、いい友達になれたので、いい経験だったと思います。
 日本の大学は厳しくないので、大学時代はあまり大変なことはありませんでした。でも、大学四年生の時にミシガン州立大学に1年留学した時は、英語で授業を受けなけらばならなかったので毎日勉強で本当に大変でした。特に、英語で何百ページも本を読まなければならなかったのは辛かったです。でも、今になってみれば、あまり勉強するチャンスがないので、たくさん勉強できたことはよかったと思います。皆さんは今大学生・大学院生で忙しいと思いますが、今のうちにたくさん勉強してくださいね。