ブログ7:トピック「私が好きな歴史上の人物」
(日本人でも他の国の人でもいい)いつ、どこで、何をしましたか。どうしてその人が好きですか。私が好きな歴史上の人物の一人に、杉原 千畝(すぎはら ちうね 1900 - 1986年)という人がいます。杉原は、日本の外務省に勤める、外交官だった人です。彼は、第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館というところで働いていました。その時、ナチス・ドイツの迫害のせいで、ポーランドなどのヨーロッパの各地から逃げて来た難民たちがたくさんいました。そのころ、日本はナチス・ドイツと同盟を結んでいたので、日本の政府/外務省は、そのような難民達を日本に入れてはいけないと命令していたそうです。
しかし、杉浦は、そのような難民の人達の状況を知って、とてもかわいそうだと思っていたそうです。それで、1940年7月から8月にかけて、日本の外務省からの命令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、約6,000人もの避難民が日本に行けるようにしてあげて、助けてあげたのです。その避難民の多くが、ユダヤ人系の人達だったので、「東洋のシンドラー」などと呼ばれることがあるそうです。(「シンドラー」は、オスカー・シンドラー(Oskar Schindler)のこと)

その当時、日本政府の命令に従わないと仕事を辞めさせられたかもしれないのに、危険を冒してまで難民の人を助けてあげた杉浦は、立派な人だと思います。
杉浦は本当に優しい人ですね。これからのことに興味があります。ビザを発給した結果はどうなりましたか?杉浦は仕事を辞めさせられましたか?今これらの難民の人達の子孫は日本のどこにいますか?
ReplyDeleteちょっと調べてみました。まず、杉浦は、日本に帰国した後、結果的に仕事を辞めさせられました。でも、ロシア語を始め、外国語が堪能だったので、いろいろな会社で仕事をしたそうです。
ReplyDeleteそれから、日本に入国したユダヤ人たちは、ほとんど、別の国に出国したそうです。実は、中国の上海に一番多く行ったそうですよ(上海860人、米国532人、パレスチナおよびカナダ各186人、オーストラリア81人、南アフリカ59人、その他207人、合計2,111人)。